研究トピックス

「刷り込み(インプリンティング)」研究の新しい展開

松島研究室(行動知能学)とその共同研究グループ(帝京大学薬学部)から、これまでの理解を大きく書きかえる、二つの論文が発表されました。
現代の動物行動学の創始者、1973年度ノーベル賞受賞者のコンラート・ローレンツが提唱して以来、この言葉は社会に深く浸透しています。孵化したばかりのヒヨコが、初めて見る親の姿を強く記憶する、孵化後数日にはこの学習能力も失われる、学習には臨界期がある、そのように理解されてきました。実際、人間の言語の獲得も、音楽や知識の学習についても、同様に臨界期が存在することは、鳥類の刷り込み研究に触発された発見です。
しかし、今年発表された二つの研究結果は、本来の刷り込みと呼ばれる現象の理解について、大きな変更を求めるものです。
生命科学院博士1年の三浦桃子は、刷り込みのトレーニングによって、孵化直後のニワトリのヒヨコにヨハンソンの生物的運動(Johnson’s biological motion)に対する選好性が誘年導される事を見出しました。生き物の動きを知覚する能力そのものは、生まれつきのものです。しかし、この能力が目覚めるために刷り込みが必要だったのです。(Animal Cognition誌、2012年8月25日公開)
帝京大学薬学部の山口真二准教授・本間光一教授らは、甲状腺ホルモンが学習臨界期を決定する因子であることを見出しました。刷り込みによって脳内の毛細血管の内皮細胞のチロキシン脱ヨード化酵素の発現が高まり、その結果、脳内の甲状腺ホルモンT3の濃度が上昇していました。そこで、T3を脳内に直接投与したところ、ヒヨコの学習能力は刷り込み・強化学習共に、ほぼ無期限に高まり、かつて報告されていた感受性期は消失していました。刷り込みはその後の学習能力を目覚めさせる過程だったのです。(Nature Communications誌2012年9月26日 on line公開、open access paper)
いずれの研究でも、刷り込みは、動物が本来持っている認知と学習の能力を引き出す働きをもっている事を示しています。「刷り込み(インプリンティング)」という言葉は適切でなく、これからは「目覚め」と呼ぶべきです。
(理学研究院 生物科学部門 松島俊也