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ノックアウトコオロギを用いて学習のしくみを解明

行動神経学系の水波誠教授の研究室では、粟田ひろ子学術研究員が中心となってコオロギを用いた研究を行い、学習に関わる新しい発見をしました。この成果は北海道大学のプレスリリースでも紹介されています。以下、水波先生による解説です。

動物の連合学習において罰や報酬の情報を伝える仕組みは古くから研究者の関心の的となり、ヒトを含めた哺乳類では中脳のドーパミンニューロンが報酬や罰の情報を伝えることが明らかにされています。一方、無脊椎動物では、私たちはフタホシコオロギを用いた薬理学的な研究から、報酬情報はオクトパミンニューロンが伝え、罰情報はドーパミンニューロンが伝えることを示唆してきました。ところが最近、遺伝子組換えショウジョウバエを用いた研究により、ドーパミンニューロンがドーパミン受容体Dop1を介し、報酬情報と罰情報の両方を嗅覚学習の場であるキノコ体ケニオン細胞に伝えると報告されました。このような食い違いが研究方法の違いによるのか、あるいは昆虫の種間で学習のメカニズムに違いがあるのかを明らかにすることが本研究の目的です。

我々のグループは、徳島大学の三戸太郎助教のグループとの共同研究により、クリスパー・キャス9という新規ゲノム編集技術を用いてドーパミン受容体Dop1が働かないノックアウトコオロギを作成しました。キャス9(Cas9)タンパク質はDNA切断能力をもつ酵素で、Cas9がガイドRNAと複合体をつくると、ガイドRNA中の特定の塩基配列に相補的に結合するゲノムの場所を切断します。この性質を利用し、ゲノム中の特定の遺伝子に変異を起こさせ、その遺伝子が働かないようにすることができます。私たちは、Dop1ドーパミン受容体遺伝子に変異が入るよう設計したガイドRNAをCas9のmRNAと一緒にコオロギの卵に注入しました。幼虫を育ててDop1遺伝子に変異のある個体を掛け合わせ、ホモ接合のDop1遺伝子変異コオロギの系統を得ました。

ドーパミン受容体Dop1が働かないノックアウトコオロギは、匂いと報酬(水)との連合学習は正常でしたが、匂いと罰(塩水)との連合学習ができませんでした。コオロギではDop1が罰の情報を伝えますが、報酬の情報は伝えないと結論づけられました。これは、報酬情報と罰情報の両方がDop1を介して伝えるとされた遺伝子組換えショウジョウバエでの報告とは異なっており、コオロギとハエでは報酬情報を伝える伝達物質や受容体に違いがあることが分かりました。

従来、学習の基本メカニズムは昆虫の種を超えて保存されていると考えられてきましたので、コオロギとハエで報酬情報を伝える神経伝達の仕組みが異なるという今回の発見は予想外のものです。その違いがどのような進化史により生じたのか、今後の研究が待たれます。

コオロギは高度な学習能力をもち、その学習の仕組みには哺乳類とも共通点があります。たとえばヒトなどの哺乳類では、学習が「予想外の出来事が起こり驚いた時」に起こるという「予測誤差」理論が提案されていますが、この理論がコオロギにも当てはまることを私たちは最近報告しています。今後、さらに遺伝子改変コオロギを用いた研究を進めることで、動物の学習・記憶の基本メカニズムの解明を加速できると期待されます。

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論文:Hiroko Awata, Takahito Watanabe, Yoshitaka Hamanaka, Taro Mito, Sumihare Noji, Makoto Mizunami (2015) Knockout crickets for the study of learning and memory: Dopamine receptor Dop1 mediates aversive but not appetitive reinforcement in crickets. Scientific Reports 5:15885.(http://www.nature.com/articles/srep15885)