植物の高温耐性は一つの遺伝子では決まらない ― 自然集団の解析から新しいストレス適応メカニズムを発見 ―
形態機能学系のBarbaruah Baibhavさん、Feng Shuoさん、Chen Siruさんと伊藤秀臣准教授は、植物が放出する揮発性有機化合物(VOC)が植物の高温耐性を高める仕組みを、モデル植物シロイヌナズナの自然集団(natural accessions)を用いて解析しました。その結果、従来高温ストレス応答の中心と考えられてきた転写因子HSFA2が強く誘導されなくても高温耐性が成立する系統が存在することを明らかにしました。自然集団の比較から、植物が揮発性物質によって高温ストレスに備える仕組みが遺伝的背景によって大きく異なることが示されました。
【研究のポイント】
1. 植物が放出する揮発性化合物(VOC)が高温ストレス耐性を高める「プライミング効果」を持つことを明らかにしました。
2. シロイヌナズナの自然集団の比較から、HSFA2が強く誘導されなくても高温耐性が成立する系統が存在することを発見しました。
3. 自然集団の遺伝的多様性の解析により、植物の高温耐性には複数の分子メカニズムが存在することが示されました。
【研究の背景】
地球温暖化に伴う高温ストレスの増加は、農作物の生産に大きな影響を与えています。植物は葉が傷ついたときなどに揮発性有機化合物(VOC)を放出し、周囲の植物の生理状態に影響を与えることが知られています。しかし、これらの揮発性物質がどのように植物の高温耐性に関与するのか、その分子メカニズムは十分に解明されていませんでした。また、多くの研究は単一の実験系統を用いて行われており、自然集団の遺伝的多様性がストレス応答に与える影響はほとんど調べられていませんでした。
【研究内容】
本研究では、世界各地に由来する複数のシロイヌナズナ自然系統を用いてVOCによる高温耐性誘導の仕組みを比較解析しました。植物由来の揮発性化合物 trans-2-hexenal などを短時間処理した後に高温ストレスを与えると、VOC処理を受けた植物では高温ストレスに対する生存率が大きく向上しました。さらに遺伝子発現を比較したところ、系統によってHSFA2の誘導の強さが大きく異なり、特にCvi-0系統ではHSFA2の誘導が弱いにもかかわらず高い耐熱性を示しました。またRNAシーケンス解析により、防御応答や酸化ストレス応答、解毒代謝に関わる遺伝子群が強く活性化することが明らかになりました。
【研究の意義】
本研究は、自然集団の比較解析により、植物の高温耐性が単一の遺伝子ではなく遺伝的背景に応じた複数のメカニズムによって成立していることを示しました。植物が空気中の揮発性化合物を感知して将来のストレスに備える仕組みの理解を深める成果であり、遺伝子組換えに依存しない新しい作物改良技術の開発や、気候変動に対応した持続可能な農業への応用が期待されます。
本研究は、北海道大学 IGPプログラムの支援を受けて実施されました。
掲載誌:Plant Molecular Biology
タイトル:Natural variation uncouples HSFA2 induction from volatile-induced thermotolerance in Arabidopsis thaliana
著者:B. R. Barbaruah, S. Feng, S. Chen & H. Ito
掲載日:2026年3月26日
DOI:https://doi.org/10.1007/s11103-026-01704-y

シロイヌナズナの異なる系統(Col-0、An-1、C24、Cvi-0、Tsu-1、Ws)を用い、軽い温度刺激(37℃、30分)または植物由来の揮発性成分(VOC)に30分間さらした直後のHSFA2遺伝子の発現量を測定した。HSFA2は熱ストレス耐性に関わる重要な転写因子である。
その結果、同じ刺激であっても系統ごとにHSFA2の誘導の強さが大きく異なり、植物の“におい”に対する応答には自然変異が存在することが明らかとなった。