研究トピックス

テントウムシ「種分化」瞬間に立ち会う

お話
片倉晴雄先生(進化生物学)

ヨーロッパでは「幸運のシンボル」としてテントウムシをモチーフにしたグッズやアクセサリーをよく見かけます。北海道大学の片倉晴雄先生の研究室でも、そんなテントウムシグッズたちがたくさん出迎えてくれます。今回は、昆虫を通して生き物の“種(しゅ)”が生まれる過程について研究されている片倉先生にお話を伺います。

【Q】=インタビュアー

種分化と生殖隔離

【Q】先生のご専門は進化生物学ということですが、どのような研究をされているのでしょうか?

【片倉】現在、地球上には数千万種から一億種を越える多様な生物がいると言われていますが、進化の過程で“種”に分かれる現象がどのように起きるのか、植物を食べる食植性の昆虫を使ってその過程を調べています。

<オオニジュウヤホシテントウ>

【Q】“種”というと、生物の分類上の基本単位ですが、「同じ種」というのはどのような定義によるものなのですか?

【片倉】“種”は英語で“Species”といい、ラテン語の「外見、形」という意味から来ています。もともと人々は見た目でグループに分けていたのです。今では見た目だけでなく、生態や系統、そして遺伝子によっても分類されるようになり、種の定義はたいへん難しくなっています。ですが、雌雄が交配して子孫を残す動物の場合には、誰もが認める共通した定義があります。それは「生殖隔離(せいしょくかくり)が存在するグループを異なる種とする」というものです。 生殖隔離とは、二つのグループの間で子孫ができないこと、遺伝子の交換が妨げられることを指します。交配して雑種が生まれたとしても子に生殖能力がなく、孫が作れない場合も生殖的に隔離されていると言います。つまり、“種”とは繁殖し、子孫を残していくことができる集団と言うことです。

【Q】では、別の種に分かれるということは、元々ひとつだった種の中に生殖隔離が生じるということなのですね。では、どのようにして生殖隔離は生じるのでしょうか?

【片倉】生殖隔離のきっかけは様々で、山や川などの地理的な障壁でグループが区切られること、同じ地域に生息していても生息環境に違いが生まれること、それに伴い活動する季節がずれることなどいろいろあります。そうして、分かれたグループがお互いに隔離されたまま世代を重ねるうちに、生殖隔離が確立されると考えていて、こうして種が分かれることを「種分化(しゅぶんか)」と呼んでいます。

<種分化のイメージ>

テントウムシの特性を活かした種分化の観察

【Q】進化の過程で種分化が起きるにはとても長い年月がかかるのではないですか?

【片倉】生き物ごとの特性や環境条件によって種分化の起きやすさやスピードは違うと考えられますが、一般的に食植性の昆虫は速いとされています。その中でも私たちは朱に黒の斑点模様のあるマダラテントウの仲間に注目しています。この仲間は、種や集団によって食べる植物(食草)の種類が決まっていて、食草の違いによる生殖隔離の様子を調べることが出来ます。具体的に日本に生息しているテントウムシでお話ししましょう。

種名(和名) 分布 食草
ヤマトアザミテントウ 北海道南部から本州 アザミ(キク科)
ルイヨウマダラテントウ 北海道南部・東部、本州中部以北 ルイヨウボタン(メギ科)
エゾアザミテントウ 北海道(南部・東部を除く) アザミとルイヨウボタン

※以下、省略して「ヤマト」「ルイヨウ」「エゾ」と記載します

【片倉】北海道南部から本州中部で共存しているヤマトルイヨウの場合、ヤマトはアザミを、ルイヨウはルイヨウボタンを食べています。彼らは一生を食草の上で過ごすので、自然状態ではヤマトルイヨウが出会うことはほとんどなく、食草の違いが生殖隔離で言うところの障壁の役割になっています。その上、アザミが食べられる季節は秋までで、ルイヨウボタンは夏で枯れてしまうため、それぞれのテントウムシが活動する季節もずれています。 実験室内で交配させると完全に生殖能力のある雑種ができるのですが、野外ではほぼ完全に生殖的に隔離されており、別種と見なして良い状態にあります。このように、食草が違うだけで別種として共存することができるのです。 以前には、種が分化するためにはかなりの量の遺伝的な違いが必要と考えられていましたが、このテントウムシの例は、場合によってはほんの些細な違いが種分化を引き起こすことを示しています。これは世界的に見ても稀な研究例と言えると思います。

この2種と、現在は別の地域に生息しているエゾとの関係も興味深いものです。エゾはアザミもルイヨウボタンも食べることが出来るので、もしもエゾとヤマト、ルイヨウが出会ったとしたら、そこでは、エゾとヤマト、エゾとルイヨウ、それぞれの間に雑種が生まれる可能性が高いのです。生殖隔離という観点から言うと、ヤマトとルイヨウは別種なのにエゾとヤマト、エゾとルイヨウは別種とは言えないという矛盾したことになります。一旦分かれたグループが交雑し、また新たなグループを生み出す可能性も出てくるわけです。温暖化による植物の成長時期のずれや、植物の分布域の変化などがこのような進化に拍車をかけるかもしれません。

【Q】一旦分かれたグループがまた出会い新たなグループを生み出すなどしながら、複雑な要素が絡み合って新たな種が確立していくのですね。ところで、具体的にはどのように調べているのですか?

【片倉】実に地道な作業ですから好きでないとできないでしょうね。実験室でひたすら葉を食わせてみたり、交配実験をしたり、DNAを用いて交雑の可能性や系統関係を調べたり、圃場に網室を作り、そこに虫を放して何週間も観察したり、しらみつぶしに分布の調査をしたり、と言った具合です。 分布調査の一例をあげると、北海道の渡島(おしま)半島のテントウムシを調べた大学院生は車で全域を廻って分布データを取りました。車でと言っても、降りて道の無い所に入って行って、テントウムシだけでなく、その地域の植物も調べ、食べているか否かまで調べるわけです。そうやってこの分布図ができたのです。

<渡島半島のエゾとヤマトの分布(左)図とアザミの分布(右)>

【片倉】この分布図から、アザミは渡島半島全域に分布しているのに、エゾヤマトが分かれているのはなぜかがわかりました。アザミの分布を種類ごとに細かく見ると、どちらのテントウムシにもマルバヒレアザミが食べられていないことがわかります。エゾヤマトの2種のテントウムシにチシマアザミ・マルバヒレアザミ・ミネアザミの3種類のアザミを食べさせてみても、どちらのテントウムシもマルバヒレアザミだけ食べません。おそらくマルバヒレアザミはテントウムシに食べられないよう化学的防御をしているか、摂食を引き起す因子がかけているのでしょう。

【Q】すると食べられるアザミがない地域が間にあることで2つのテントウムシのグループが分断されているのですか?

【片倉】そうです。もし、チシマアザミやミネアザミの分布が接触するようなことがあれば、2つのグループは交雑するでしょうね。しかし、このまま分断され世代を重ねていくと生殖隔離が進むかもしれません。このような調査を日本だけでなくインドネシアのテントウムシについても調査しています。

環境の変化と共に変わる食性と種分化の可能性を追う

【Q】インドネシアのテントウムシも調べているのはなぜですか?

【片倉】インドネシアでは食性の変化が面白いテントウムシがいくつか見つかっているからです。例えば、ニジュウヤホシテントウはもともとナス科の葉を食べるテントウムシなのですが、インドネシアのある集団では、ここ15~6年間でマメ科の植物も食べるよう食性の幅が広くなって来ていることが判りました。その一方で、地域によっては、依然としてナス科だけを食べる集団もあり、インドネシア全体を見渡すと、まさに今食性の進化が起きているのです。 Henosepilachna diekei(ヘノセピラクナ・ディーケアイ)というテントウムシに関しては、リューカスというシソ科の植物を食べる集団と、外来種のキク科の植物を食べる集団が見つかりました。この2つのタイプの集団は、ちょうどヤマトルイヨウのように食草の違いのみによって生殖的に隔離されているのです。 ですからこれらのテントウムシを追いかけていれば、新しい食性に移行する様子や、種分化がどのように起きるのかが観察できるのではと期待しているのです。

ジャワ島での海外調査
<ジャワ島での海外調査>

【Q】植物とテントウムシの分布を調べ、それぞれの食性を調べ、交配させて雑種ができるか調べ、野外の集団の遺伝子解析で実際に交雑が生じているかを推定する。そして、グループに分かれた理由を推測し、またこれからどう変化するかも予測しながらデータを蓄積させていくのですね。

【片倉】同時に環境も変化していくし、昆虫も食性を変化させるなど、刻一刻と変化する自然の中での観察ですからとても難しいのですが、種分化の現場を見ることができる実に面白い研究だと思っています。 生き物は世代を重ねながら、環境とともに変化します。適応が速いものもあれば、ゆっくりのものもある。そんな中、食植性のテントウムシは私たちに種分化の瞬間を見せてくれる可能性があります。“種”とは何か?新たな能力はどのようにして進化するのか?そんな生き物の謎にせまる研究なのです。

【Q】まさに先生にとっての「幸運のシンボル」ですね。ありがとうございました。