ヒメイカの脳構造に関する新しい発見です
行動神経学系・田中暢明特任助教の研究室では、大学院生の小泉元毅さんを中心とした研究によって、ヒメイカと呼ばれるイカの脳構造に関する興味深い発見をし、論文発表しました。以下、小泉さん本人による解説です。
イカやタコは他の無脊椎動物と比べ非常に大きな脳を持ち、複雑な捕食行動や急速な体色変化といったユニークな行動を示します。また、視覚・触覚を用いた高い学習能力を持つ事でも知られています。これらの行動に関わる脳領域は、特定部位を破壊・電気刺激した際に起こる機能障害や反応を調べることにより明らかにされてきました。しかし、それらの領域における情報処理や行動決定のための詳細な神経機構については未だに分かっていません。そうした脳機能を調べるためには生理学的な実験を行う必要があり、そのためには脳の構造や脳内の連絡を3次元的に理解する事が重要です。しかし、これまでのイカやタコの脳構造に対する記述はほとんどが2次元的なもので、3次元的な記載は孵化個体に限られていました。
そこで私たちは、世界最小のイカであるヒメイカ(Idiosepius paradoxus)(図1)を用い、イカの脳の三次元モデルを作製することにしました。ヒメイカはアマモが生育する沿岸の浅瀬を生息域とし、背中から出す粘着物質でアマモに張り付いて生活をしています。成熟個体でも外套膜長が1〜2cmと非常に小さい種ですが、他のイカと同様に多様な行動を示します。その小ささから研究室内での飼育が容易で、顕微鏡下でも扱いやすいという利点があります。
本研究ではまず、外套膜長約1 mmの孵化個体と1 cmの幼若個体から脳を取り出し、免疫染色法により神経を標識しました。その後、その脳を共焦点顕微鏡で撮影し、得られた連続光学切片を立体再構成することで3次元脳モデルを作製しました(図2)。得られたデータから、幼若個体の脳の体積は、孵化個体の脳体積の約60倍になっていることが分かりました。特に、記憶学習に関わるとされるVertical Lobe (図2、赤矢印)が成長に伴って非常に良く発達することが明らかになりました。また同様の方法で神経軸索を標識し、各脳領域間の主要な連絡経路を解明しました。
幼若個体において、脳全体に対する各領域の体積の割合を計算すると、Vertical Lobe Systemと呼ばれる領域の体積比が、これまで報告されてきた頭足類の中で最大であることが分かりました。このVertical Lobe Systemが大きいという特徴は、非常に複雑な行動を示すことから、これまで野外や研究室での行動観察が盛んに行われてきた種に共通するものです。この結果から、ヒメイカは比較的知能が高く、生理学実験の良いモデルになる可能性がある事が示唆されました。今後は、作製した脳地図をもとに神経活動を実際に記録する実験を行い、感覚情報の脳内処理機構を解明していきたいと考えています。
図1 産卵するヒメイカ(Idiosepius paradoxus)の雌。背中から粘着物質を出し、アマモなどに体を固定して生活する。
図2 立体再構成したヒメイカの3次元脳モデル(左:孵化個体、右:幼若個体) 各脳領域を異なる色で示しており、赤色で示されたVertical Lobeが、幼若個体で非常に良く発達していることがわかる。なお、孵化個体と幼若個体では、実際の脳の体積は約60倍ほど異なる。
発表論文:Motoki Koizumi, Shuichi Shigeno, Makoto Mizunami and Nobuaki K. Tanaka. (2016) Three-dimensional brain atlas of pygmy squid, Idiosepius paradoxus, revealing the largest relative vertical lobe system volume among the cephalopods. The Journal of Comparative Neurology 524:2142-2157. (http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/cne.23939/abstract;jsessionid=E2B42B6E1E1917EAB60085F2B40EE767.f04t01)