コオロギの学習には「驚き」が必要!
行動神経生物学講座の水波誠研究室の寺尾勘太さんらが論文を発表しました。動物の学習のメカニズムに関する画期的な成果で、北海道大学のプレスリリースでも紹介されています。以下、水波教授と寺尾さんによる解説です。
ヒトを含めた哺乳類の連合学習は「予測誤差」に基づいて起こるという理論が提案されています。動物が予想していなかった出来事が起こったときに学習が起こり,予想通りの出来事が起こった場合には学習は起こらないという理論です。これは最も広く普及した学習理論ですが,対抗仮説である選択的注意説*などとの間でどちらが正しいのかについての論争が残っていました。
(選択的注意説*すでに学習済みの出来事が起こると, 学習した刺激に対して選択的に注意が向き, それ以外の刺激に注意が向かなくなるとする説で, それにより新たな学習が起こらないことが説明できるとする説。)
コオロギは高い学習能力を持っています。たとえばフタホシコオロギに, 匂いと報酬(水)を対提示する訓練を1回行うと, その匂いを報酬と関連づけて記憶することができます。これを条件付け, または連合学習と呼びます。北海道大学の寺尾勘太(大学院生)と水波誠教授及び東京医科歯科大学の松本幸久助教のグループは,フタホシコオロギの匂いと報酬の連合学習が,予測誤差に基づいて起こるのかについて調べました。
研究方法として,「ブロッキング」と呼ばれる従来からの学習手続きに加え,私たちが新たに考案した「オートブロッキング」という学習手続きを用いました。ブロッキングとは, ある刺激Xと報酬との連合学習訓練を行うと, 刺激Xともう1つの刺激Yを同時に提示し報酬と連合させる学習訓練を行っても, 刺激Yに対する学習は成立しないという現象, あるいはそれを示すための学習手続きです。予測誤差理論は,ブロッキングを説明するための理論として提案されたものです。オートブロッキングとは, 刺激Xと報酬との連合学習訓練の際に, 脳内で報酬に関する情報を伝えて学習を引き起こすニューロンからのシナプス伝達を阻害すると, その後刺激Xと報酬との連合学習訓練を行っても学習は成立しなくなるという現象, あるいはそれを示すための学習手続きです。私たちは,コオロギではオクトパミンという生体アミンを伝達物質とするニューロンが報酬についての情報を運び学習を成立させることを示唆する結果を得ていましたので, この実験が可能となりました。
私たちの研究の結果、コオロギの学習は予測誤差理論で説明できるが,選択的注意説などの対抗理論では説明できないことが明らかになりました。オートブロッキングの実験で使う刺激は1種類だけなので,選択的注意説ではその刺激に対する学習が起こらないことが説明できないのです。コオロギは,予想外の出来事に直面し「驚いた」ときに学習するのです。さらにオートブロッキングの実験により, コオロギの脳では,オクトパミンという生体アミンを伝達物質とするニューロンが,報酬についての予測誤差の情報を伝えていることが示唆されました。
今後,コオロギの脳のオクトパミンニューロンの神経活動を解析することで,予測誤差を計算する脳の仕組みの解明が期待できます。その成果は,ヒトの脳での予測誤差の計算の仕組みの理解にもヒントを与えるものと期待されます。
学習訓練後の記憶テストにおいて、報酬(水)と連合させた模様を探索するコオロギ。