南米ペルーの温泉から新属新種のカイミジンコを報告
多様性生物学系の宗像みずほアンビシャス特別助教と角井敬知講師らの研究グループは,南米ペルーの水温40~50℃の高温環境から見つかった新属新種のカイミジンコ(小型水生甲殻類の一群)を論文で報告しました.
ペルー北部の都市カハマルカ市にある温泉施設「インカの温泉(Baños del Inca)」は,インカ帝国の皇帝が利用したとされる歴史ある温泉です.この温泉の温水プールには,「皇帝のエビ」として知られるヨコエビが生息しており,近年新種として報告されています.今回扱ったカイミジンコは,「皇帝のエビ」の研究のため行われた採集調査の過程で偶然採集された種になります.
カイミジンコは水棲甲殻類の一群で,体長1 mmほどと小型の生物です.二枚貝に似た殻を体の左右に持つのが特徴で,海域から淡水域まであらゆる水環境に適応しています.このうち淡水環境からは2400種ほどが知られていますが,水温40℃を超えるような極限の高温環境からの報告例は世界でもわずか5種に限られています.
インカの温泉から得られたカイミジンコは,詳細な形態観察と文献調査によって,殻形態と軟体部形態の特徴の組み合わせから,既知のいずれの属にも所属させられない種だと判明しました.そのためThermocyprisという新属を設立したうえで,本種をテルモキプリス・イザベラ(Thermocypris isabella)という学名で報告しました.また,本研究では遺伝子の部分配列を複数用いて分子系統解析を行い,本種の系統的位置の推定も行いました.さらに飼育容器の水温を少しずつ変化させる実験を行い,本種は平均19℃から61.8℃の範囲で生存可能な,高温環境に適応した種であることを明らかにしました.
高温環境下に適応した節足動物の種は限られ,その進化的起源や生理的耐性のメカニズムには未解明な点が多く残されています.本研究で発見されたテルモキプリス・イザベラは高温環境への適応進化や,温泉生態系における生物多様性の形成を理解する上で貴重なモデルとなることが期待されます.
本研究は,葛西臨海水族園,広島大学,NPO法人健康と温泉フォーラム,南メディカル研究所株式会社,カハマルカ国立大学(ペルー)との国際共同研究により実施されました.
図. テルモキプリス・イザベラの左側面.スケールは0.2 mm.
【論文情報】
論文名:Description and phylogenetic position of Thermocypris isabella gen. et sp. nov. (Ostracoda, Cyprididae, Cyprinotinae) from a hot spring in Peru
著者名:Munakata M, Tanaka H, Tomikawa K, Kawasaki Y, Miranda A, Deza N, Kakui K
雑誌名:Zoological Science 42: 510–520 (2025)
DOI:https://doi.org/10.2108/zs240090