オオバナノエンレイソウ ~「植物の生き方」を知れば保全のしかたも見えてくる~
北海道大学の校章にデザインされているオオバナノエンレイソウ。20年以上にわたる調査の結果、この植物は不思議な一生を送ることがわかりました。「植物の生き方」を研究されている北海道大学の大原雅先生にお話を伺いました。
【Q】=インタビュアー
春にだけ見られる「妖精」のような植物
【Q】先生とオオバナノエンレイソウとの出会いは?
【大原】修士課程1年のときに富山大学に勉強に行きました。そこで指導教官に「北海道に分布するおもしろい植物があるから研究してみないか」と言われたのがきっかけです。 道内のオオバナノエンレイソウが咲いている場所を旅して回るうち、十勝の広尾町で偶然に大群落と出会いました。それ以来20年以上通い詰めて研究を続けています。
【Q】オオバナノエンレイソウはどんな植物なのですか?
【大原】エンレイソウ属植物は北米と東アジアに分布しますが、オオバナノエンレイソウは日本では、北海道と東北の一部に生育しています。どのエンレイソウ属植物も開花した個体は、3枚の花弁、がく、葉を持つことから、エンレイソウ属植物は、「3のユリ」を意味するTrilliumと名付けられています。主に落葉広葉樹林の林床で早春から初夏までの短い期間に一気に成長・開花・結実し、種子をつくると地上部を枯らす「春植物」の一種でスプリング・エフェメラル(春の妖精)とも呼ばれます。
オオバナノエンレイソウの群落は一面のお花畑に見えますが、よく見ると花を咲かせている個体の周囲に、花のない葉だけの小さな個体がたくさんあります。しかも、葉の大きさはさまざまです。これらはまだ成長途中なので、花を咲かせることができません。発芽してから花を咲かせるまでには10年以上かかります。
【Q】10年も!長いですね・・・。
【大原】生物個体が生まれて成長し、死ぬまでに行う生活活動を「生活史(life history)」といいます。オオバナノエンレイソウの場合、地面に落ちた種子が発芽して、2cmほどの細長い葉を1枚だけ出します。この時期を実生(みしょう)といいます。この葉は2週間で枯れますが、根は生きていて翌年に丸い葉を1枚だけ出します。その葉が枯れると翌年に葉をまた1枚出して、と5~6年これを繰り返して少しずつ大きくなります。
次に3枚の葉を出すようになり、また5~6年かけて大きくなります。発芽から約10年後にようやく花を咲かせて種子をつくり、その後は何年も繰り返し花を咲かせ続けます。安全で安定した「林の中」という環境で、成長に長い時間をかけるように進化してきたのでしょうね。
【Q】同じ個体が花を咲かせ続けるのをどうやって確認するのですか?
【大原】茎のそばにタグのついた針金を立てておき、翌年それを目印に確認に行きます。広尾町で調査を始めてから、少なくとも28年間咲き続けているものがありますよ。春に咲いているのを確認できると「おお、生きていたか!」と嬉しくなりますね。
【Q】ゆっくり成長するのが春植物の特徴なのですね。
【大原】春植物は林の木々に葉が茂る前、地面に光が十分に差し込む短い時期に光合成し、その後は活動を休止します。だから少しずつしか成長できないのですね。春植物の仲間には、カタクリやスズラン、オオウバユリなどがあります。どれも休止期を過ごすために根にデンプンを多く含むのが特徴です。
「植物の生き方」を知ることの意味
【Q】広尾町に大きな群落ができているのはなぜでしょう?
【大原】日高地方や十勝地方のオオバナノエンレイソウは林の中一面に大群落を形成するのが特徴です。道内各地の群落と比較するうちに、日高・十勝地方の個体がほかの地域のものとは違って自家不和合性であることがわかりました。一般に被子植物は花の中におしべとめしべを持ち、自家受粉して種子をつくることができます。ところが自家不和合性の植物は、自分自身の花粉では種子をつくれず、昆虫などに他の花から花粉を運んでもらって受粉します(他家受粉)。だから昆虫が来てくれるようにアピールする必要があります。
広尾の群落の場合、まず花弁の大きさが他の地域のものより大きい。昆虫に目立つように進化・適応した可能性があります。群落がとても大きいのも、昆虫にとって魅力的な餌場となるためには十分な花粉や蜜を供給できるだけの花が必要だからでしょう。
【Q】自家不和合性だと、自家受粉できる植物よりも子孫を残すのに不利なように思えますが・・・?
【大原】そうですね。しかし、自家受粉でできる子孫は遺伝的多様性が少ないので、集団の存続という点ではリスクが大きくなります。環境が変わったり病気がはやったりしたときに一斉に死滅してしまう可能性があるからです。
一方、自家不和合性の植物は、必ず別な個体の花粉で受粉するので遺伝的多様性が大きくなります。昆虫による他家受粉が保証される大群落であれば、自家不和合性でも生きていけるし集団の遺伝的多様性も維持できる。遺伝子解析の結果、群落のサイズが小さくなると遺伝的多様性も少なくなることが確認されています。
【Q】大群落は昆虫と協働することで維持されているのですね。
【大原】協働は受粉以外にも見られます。植物は自力で動くことができないので、昆虫や鳥に種子を遠くへ運んでもらう必要があります。そのための仕掛けとして、オオバナノエンレイソウの種子はエライオソームという甘いゼリー状の物質に包まれています。アリはこのゼリーを好んで集まり、種子を群落から離れた自分たちの巣に運びます。オオバナノエンレイソウは短い期間に蓄えた栄養で、高いコストをかけてアリのためにゼリーを作っているわけです。
林に生きる植物は、林ごと保全する
【Q】群落を保護するには、オオバナノエンレイソウの「生き方」を理解する必要があるということですね。
【大原】はい。周囲の林が作り出す適切な日照や湿度、受粉を媒介する昆虫をふくめた生態系を維持していかなければ群落は守れません。広尾町の大群落の近くにはオートキャンプ場があり、群落の一部が駐車場として利用されたことがありました。オオバナノエンレイソウは何年も繰り返し花を咲かせるため、「群落の面積を減らしても、まだこんなに咲いているのだから大丈夫」と考える人もいます。
ところが、面積を減らして昆虫の飛来がなくなれば新しい種子ができません。また、車に踏み固められて堅くなった地面からは翌年に幼若な個体が生えることができません。今、花が咲いても、次の世代が育っていなければ、将来その群落は消えてしまうのです。一度踏み固められた場所を元に戻そうとしても、開花まで10年もかかる植物だからとてつもない時間が必要になる。「破壊は一瞬、復元は一生」です。こうしたことを説明した結果、広尾町ではオオバナノエンレイソウの結実を待ってからオートキャンプ場の草刈りをするなど、群落保全の動きが起こりました。
また、私たちは広尾町の子供たちがオオバナノエンレイソウを通じて身近な自然環境の大切さを知ることができるように、パンフレットを作成して野外学習を行っています。学校の先生たちにも授業や野外学習を行っていただけるよう、指導書も作りました。植物は動物と違い、環境が生存に適さないからといって逃げ出すことができません。さまざまな植物の生活史を知ることでわかる「林といっしょに進化してきた植物は林ごと守らなければいけない」ということを、これまで研究させていただいた恩返しとして伝えていきたいですね。